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最高裁判所第三小法廷 平成9年(オ)663号 判決 1999年6月15日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

一  上告人拝師艶子の代理人野崎研二の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

二  上告人宇野沢友美、同宇野沢仁美の代理人宮崎正巳の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

三  同第二点について

1  本件は、亡染谷誠を名義人とする平成九年(オ)第六六三号、同第六六四号被上告人千葉県信用農業協同組合連合会(以下「一審被告」という。)に対する原判決別紙定期預金目録一ないし四記載の本件各貯金債権について、その内縁の妻であった平成九年(オ)第六六三号被上告人・同第六六四号上告人拝師艶子(以下「一審原告」という。)に帰属するのか、染谷の認知した子である平成九年(オ)第六六三号上告人・同第六六四号被上告人宇野沢友美及び同宇野沢仁美(以下「参加人ら」という。)に帰属するのかが争われたものである。

2  原審の確定した事実関係等は、概要次のとおりである。

(一)  染谷は、平成三年六月当時、一審被告に対して、本件各貯金債権を有していた。

(二)  染谷は、昭和五七年七月二三日、参加人らについて認知の届出をした。染谷は平成四年一月二二日に死亡し、参加人らは染谷の相続人である。

(三)  一審原告は、昭和五六年ころ以降、染谷の内縁の妻として染谷と同棲していたが、染谷が作成したと主張する書面をもって、本件各貯金債権等の染谷所有の全財産につき同人から贈与ないし死因贈与を受けた、と主張している。

(四)  一審原告は、平成四年四月一九日、一審被告及び参加人らとの間で本件各貯金債権が一審原告に帰属することの確認を求めるとともに、一審被告に対してその元利金の支払を求める本件訴訟を提起した。

(五)  参加人らは、一審被告に対し、平成五年六月一五日付けで本件各貯金債権の払戻請求をした。

(六)  一審被告は、平成六年六月二一日、本件各貯金債権の債権者を確知することができないとして、その元利金の全額であると主張する合計一億八二一二万九七六四円を弁済のために千葉地方法務局に供託した(以下「本件弁済供託」という。)。

(七)  参加人らは、平成六年七月一一日、本件各貯金債権は同人らが相続したものであるとして、右訴訟につき本件当事者参加の申立てをし、一審原告及び一審被告との間で本件各貯金債権が参加人らに帰属することの確認を求めるとともに、一審被告に対しその元金並びに原判決別紙定期預金目録の各預入日欄記載の日から平成五年六月一五日まで同目録の各利率欄記載の割合による利息金及び同月一六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

3  原審は、概要次のとおり認定判断し、一審原告の請求をいずれも棄却し、参加人らと一審原告及び一審被告との間において本件弁済供託に係る本件各貯金債権が参加人らに帰属することを確認し、参加人らの一審被告に対する金員支払請求を棄却すべきものとした。

(一)  染谷が本件各貯金債権を一審原告に贈与ないし死因贈与したと認めるに足りる証拠はなく、また、一審原告と参加人らとの間において、本件各貯金債権が一審原告に帰属する旨の合意をしたとは認められない。

(二)  本件訴訟の内容及び経過等に照らすと、一審被告としては、直ちに本件各貯金債権が参加人らに帰属すると判定することはできず、結局、一審被告は過失なくして債権者を確知することができなかったものと解するのが相当であり、本件弁済供託は、民法四九四条後段の要件に欠けるところはない。

(三)  したがって、一審被告は、参加人らが平成五年六月一五日にした本件各貯金債権の払戻請求によって履行遅滞の責めを負うものではない。

(四)  本件各貯金債権の元本債権及び各貯金規定所定の利息債権は、本件弁済供託によってすべて消滅した。

4  しかしながら、原審の右認定判断中(三)及び(四)の部分は是認することができない。その理由は、以下のとおりである。

(一)  本件においては、本件各貯金債権の債権者である参加人らが平成五年六月一五日付けで右債権の払戻しを請求した当時(ただし、記録上、同請求の意思表示が一審被告に到達した時期は明らかではない。)、既に、本件各貯金債権の名義人の内縁の妻である一審原告から一審被告及び参加人らに対して本件訴訟が提起され、本件各貯金債権の帰属が争われていたのであるから、一審被告としては、過失なくいずれの者が真の債権者であるかを確知することができなかったとしても、少なくともその時点で既に弁済供託をすることができたはずである。したがって、その時点で弁済供託をしておけば履行遅滞の責めを免れたことは論をまたない。しかしながら、一審被告において、そのとき直ちに弁済供託をすることなく、ただ前記参加人らの払戻請求を拒絶していたとするならば、一審被告としては、右払戻請求について履行遅滞の責めを免れず、右払戻請求を受けた日の翌日から本件弁済供託をした日までの期間、本件各貯金債権につき遅延損害金の支払義務が発生するというべきである。

したがって、一審被告が過失なく本件各貯金債権の債権者を確知することができなかったという供託の要件(民法四九四条後段)が存在することをもって、一審被告が、そのいずれが真の債権者であるかは別として、その双方から払戻請求を受けた後、弁済供託をするまでの期間についても履行遅滞の責めを負わないとし、参加人らの遅延損害金請求を棄却した原審の判断には、民法四一九条二項後段の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点に関する論旨は、理由がある。

(二)  本件における定期預金の満期日以降解約日の前日までの期間に付される期限後利息の利率が記録上明らかではないため、一審被告が本件各貯金債権の元利金であるとして供託した金員のうち、原判決別紙定期預金目録一ないし三記載の各自由金利型定期預金の利息として供託された金額の計算の根拠は、必ずしも明らかではない。また、同目録四記載の期日指定定期貯金(利息はあらかじめ指定された貯金口座へ入金される元金継続型)については、利息の金額が一二四七円であるとして供託がされているが、その計算の根拠が不明である。そして、前記のとおり、一審被告は遅延損害金を支払うべき義務があるから、本件各貯金債権についての供託は、原則として、本件各貯金債権の元金、約定利息及び期限後利息と共に、債権者である参加人らの払戻請求の意思表示が一審被告に到達した日の翌日から供託日までの期間の遅延損害金を併せて供託しなければ、債務の本旨に従った弁済の供託ということができないから、遅延損害金の供託を欠く本件弁済供託は、原則として有効な供託とはいえないことになる。ただし、供託金額の不足がわずかなときには、信義則上これを有効な提供としてその限りにおいて当該供託も有効と解する余地があり(最高裁昭和三三年(オ)第四八三号同三五年一二月一五日第一小法廷判決・民集一四巻一四号三〇六〇頁参照)、その場合には、供託金還付請求権として存続することになる本件各貯金債権の帰属の確認請求については、本件弁済供託のうち有効な供託とはならない部分があればその部分を控除して、有効となる弁済供託の範囲を特定し、その範囲の供託金還付請求権として存続することになる本件各貯金債権の帰属を確認する必要がある。

5  以上によれば、原判決は破棄を免れず、本件については、参加人らの本件各貯金債権の払戻請求の意思表示が一審被告に到達した時期、本件各貯金債権の期限後利息の利率、一審被告が履行遅滞となる期間及び遅延損害金の額、期限後利息を支払うべき期間及びその金額、本件弁済供託の有効性並びにその一部が有効であるとした場合にはその範囲等について更に審理判断する必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。

なお、一審原告の上告は理由がないが、本件は、全員につき合一に確定すべき場合であるから、右上告については、主文において言渡しをすべきものではない(最高裁昭和二九年(オ)第九六九号、同三〇年(オ)第三五五号同三二年一一月一日第二小法廷判決・民集一一巻一二号一八四二頁参照)。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元原利文 裁判官 千種秀夫 裁判官 金谷利廣 裁判官 奥田昌道)

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